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日本のGSブームへ行く前にもう一つ記しておきたいグループがありました。
「ザ・モンキーズ」です。
ザ・ビートルズのようなグループをぜひアメリカ国内からも作り出そう!という狙いでオーディション番組から誕生した4人グループです。
日本での人気に火がついたのはTBS系で放送が始まった「ザ・モンキーズ・ショー」から。
曜日は忘れましたが夜7時くらいからの30分番組だったと記憶しています。
売れないミュージシャン4人が繰り広げる青春コメディのような内容だったと思います。
毎回楽しみにしていたわりに中身はあんまり覚えていない。
番組の頭でかかる♪hey hey we are the monkees♪の「モンキーズのテーマ」がカッコよかったのと、ミッキーのバスドラの腹に描かれてあったmonkeesのスペルをギターの形にデザインしたおしゃれなマークが印象的でした。
「恋の終列車」「アイム・ア・ビリーバー」「自由になりたい」「すてきなバレリ」や昨今CMにも使われた「デイドリーム・ビリーバー」など、どれも馴染みやすい曲ばかりでしたね。
68年の来日はまさにモンキーズ旋風とも言えるもので、私の通っていた中学校ではモンキーズを聞きに行ってはいけません。
即刻呼び出しですっていう禁止命令(?)出ました。

さてさて、ちょうどその頃日本でも独自のグループサウンズが注目されてくるのですね。
先陣を切ったのはスパイダースブルー・コメッツ
スパイダースはムッシュかまやつが作った「フリフリ」とか「ノーノーボーイ」のオリジナルではまだファンを獲得するまでには至らず、浜口庫之助が作った「夕陽が泣いている」で日本中に知られるようになります。
歌謡曲っぽくはありましたが、マチャアキの♪夕焼け、海の夕焼け・・・♪で始まるこの曲は何だか日本人の心の琴線に触れてくるような、ぐっと迫るものがあり私も大好きでした。
中学の遠足で真鶴海岸へ行き、みんなでこの歌を唄ったっけ。
ブルコメはいわずと知れた「ブルー・シャトー」ですが「青い瞳」「青い渚」「マリアの泉」「北国の二人」などが代表とされるところです。
そしてその後すぐに出てきたのがタイガースとテンプターズ
ジュリーvsショーケン。
全盛期はこの4つのグループが頂点で、ついでワイルドワンズ、カーナビーツ、オックス、ジャガーズ、ゴールデンカップス、モップス、ズーニーブー、ヴィレッジ・シンガーズなどなど。
オックスの「スワンの涙」などは「あの空は、あの雲は、知っているんだね」なんてセリフまで入っていて。
いったいどういうシチュエーションであんなセリフが出るんだぁって思ってはいたけど、みんな目をウルウルさせて聞いていましたね。
私はジャガーズのファンで、「君に会いたい」やB面の「ビート・トレイン」「キサナドゥーの伝説」は今でもよく覚えています。
「キサナドゥ・・・」がデイブディーグループのカバー曲だったので、「オーケイ」(こちらもデイブディーグループ)もジャガーズってずっと思い込んでいたのですが、今回改めて調べたら「オーケイ」を唄ったのはカーナビーツでした。
どうやらその場限りのファンだったみたい。
カーナビーツは「好きさ好きさ好きさ」でアイ高野がドラムスティックで「おまえのすぅべぇてぇ~」と客席に向かって指刺すお約束ポーズがありました。
でも、そのアイ高野も昨年53歳の若さで亡くなってしまいました。
「好きさ好きさ好きさ」はゾンビーズのカバー曲です。
ゾンビーズは最近の車だったかのCMで使われていた「二人のシーズン」を唄っていたグループです。
やはり当時は海外GSのカバー曲か歌謡曲風オリジナルのどちらかって感じでしたが、ゴールデンカップスとモップス、ダイナマイツ、ハプニングスフォーあたりがちょっと異彩を放っていましたか。
GCの「愛しのジザベル」「長い髪の少女」も名曲よねぇ。
話は変わりますが、初めてKAT-TUNの「リアルフェイス」や修二と彰の「青春アミーゴ」を聞いたとき、妙に懐かしい、むかーしに聞いたようなって思いました。
あれは、当時の歌謡曲風GSの音にとても似ているからだ!
間違いないっ!!(古っ!)
これだけ隆盛を極めたGSブームですが期間としては意外と短く、70年を待たずに終焉を迎えるのですが・・・
68年には「帰って来た酔っ払い」でフォーク・クルセダーズがでたように、アンダーグランウドミュージックに取って代わるのです。
by noro2happy | 2007-02-27 17:48 | 音楽

驚きの二連発

♪ちょっとビックリ
会社のエレベータホールでのオッちゃん二人の立ち話。
「やっぱり、営業の方がピチピチギャルが多いなぁ」
それを聞いた私と同僚、思わず顔を見合わせてしまいました。
セクハラ発言は言うに及ばずだけど、それより「ピチピチギャル」って言葉に反応でした。
「おぉ、久しぶりに聞くぞ、その言葉」
「バブルの崩壊とともに消えうせた死語だ」
「いまだに言ってるかぁ」
「そんなやつはバブルへGoだ!!」

♪♪すっごいビックリ
先週後半、森進一の「おふくろさん」問題で記者会見した川内康範の耳毛はすごかった。
てっきりもみ上げが造反しているのかと思っていましたが、どう見ても耳の穴からでている。
へぇー、あんなに毛がはえるとは。
あれでは耳に虫が入る心配は無用だけど、小さな音はよく聞こえないだろうに。
カットしようとも剃ろうともしないのは、耳の穴だからだろうか。
鼻の穴ならそうはいかないはず。
恐るべし!月光仮面のおじさんの生みの親。
by noro2happy | 2007-02-26 23:09 | 日々のこと

風邪をひいてもうた~

そういえば今年はインフルエンザの大流行とか聞かないなぁ、これも暖冬のせい?
なんて思っていたら、しっかり自分が風邪をひいてしまいました。
先週の木曜日くらいからどうも鼻とのどの間がいがいがするので、薬を飲んで、早めに寝ていたりしたのですが、ついに土曜日は布団の中から出られませんでした。
「頭痛いよォ~」「身体だるいよォ~」
滅多に風邪をひかない代わりに熱に弱く、37℃で体の節々が痛くなり、食欲も全くなくなり青菜に塩の情けない状況となってしまいます。
うちの夫は熱に強く、8.5℃くらいあっても食欲は普通だし、仕事にも行きます。
信じられない。
でも、今日は大分良くなり、ようやくパソコンに向かう気にもなってきました。
良かった、良かった。
月曜日からまた元気に行こう!!
病気になると本当に健康のありがたみが分かりますね。
by noro2happy | 2007-02-25 12:55 | 日々のこと

洋楽好きには土曜日の午後にフジテレビで放映されていた「ビートポップス」は欠かせないものでした。
とりあえずこの番組を見ておけば「ビルボード」や「キャッシュボックス」の最新ヒットチャートを押さえることができたので、いつも学校から大急ぎで帰ったものです。

メイン司会は大橋巨泉。
サブにミュージックライフ編集長の星加ルミ子と音楽評論家の木崎義二という顔ぶれでした。
大橋巨泉は「今週の第一位はウシも知ってるカウシルズの『雨に消えた初恋』・・・」とか、「おっかさんとおとっつぁんの『夢のカリフォルニア』」なんてオヤジギャクのようなMCで軽くやっていました。
音楽を流している間はDJがレコードを回しているところや、当時のライブビデオみたいなものを流していたような気がしますが、定かではありません。
メインで映していたのはお立ち台の上で踊るゴーゴーガールたちでした。
なかでも杉本エマや小山ルミはルックスもかっこうよく、ファッションリーダーとしても女子学生に人気がありました。
また、若かりし頃の藤村俊二さん(当時から巨泉さんは彼のことを「オヒョイ」と呼んでいましたっけ)はダンスの振付師で2、3ヶ月に1回くらいでオリジナルのダンスステップ(といっても、今みたいな高度なものではありません)を振り付け、それをみんなで踊るコーナーがありました。
記憶に残っているのはホリーズの「バスストップ」、ミリアムマケバの「パタパタ」、ディブディーグループの「オーケイ」などです。
このころ同時に聞いていたラジオは文化放送の「ハローポップス・電話リクエスト」(‘64~69)でした。
毎日夜7時から8時50分までで、土居まさるがDJをつとめていました。
ところで、いろいろこの時代の音楽を調べていたら、オリコン(オリジナル・コンフィデンス)が登場したのも68年なんですね。
c0096685_23295249.jpgこの日本のチャートで一番最初に1位に輝いた記念すべき洋楽がビージーズの「マサチューセッツ」(68年)でした。
B面の「ホリデイ」との両面ヒットとなり、タイガースのトッポこと加橋かつみがカバーしていました。
トッポの甲高い声がオリジナルとよくあっていたように思います。
同年には映画「卒業」で使われたサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」
また翌年はメリー・ホプキンの「悲しき天使」がいずれも1位に輝いています。
「悲しき天使」は森山良子が日本語でカバーしていましたね。
♪思い出すわ あの日のこと あたたかい恋の夢・・・♪
なんて歌詞だったと記憶しています。

とにかく60年代後半はジョーン・バエズやPPMのフォークソング、ジェファーソン・エアプレンのサイケデリックサウンド、セルジオメンデス&ブラジル66のボサノバ、ジリオラ・チンクェティのカンツォーネ(そうそう、ヒロシですの「ガラスの部屋」も大好きだった)と手当たりしだい聞きました。、
以前も書きましたが、中でも一番好きだったのがウォーカー・ブラザースで「太陽はもう輝かない」「孤独の太陽」「ダンス天国」などなど。
日本のGSなんて、しょせん真似事で歌謡曲と大差ないわね、なんて話していたのですが、そんな私もやがて怒涛のようなGSブームのとりことなっていくのです。
by noro2happy | 2007-02-21 23:38 | 音楽

アリセプト5mg

時々父の様子などをこの場で少しずつ書き留めておこうと思います。
深刻にならず、極力カラッと記していきたいと思ってはいますが、読むのがシンドイなと思われる方、このカテゴリーはすっ飛ばしてください。
私たちは父がボーっと向こうの世界へ行ってしまっている状態を「アルツの郷へ行ってる」と冗談めかして言っています。
なので、カテゴリーのタイトルも「アルツの郷便り」としてみました。

さて、父は今年の1月25日に病院で「アルツハイマー症」と診断され、現在はアリセプトという薬を服用しています。
痴呆の進行度が中程度までなら20~30%ぐらいの有効率があるとされ、症状を数カ月~1年ほど前の状態まで回復できるとされています。
ただし、対症療法薬ですので、病気そのものの進行を遅らせることはできません。
もちろん、飲むのをやめれば飲まなかったときと同じレベルまで急速に悪化することもあるそうです。

父がホンの半年前まで出来て、今出来なくなったこと、あるいは明らかな症状を書き出します。
1、朝と夜の区別が出来ない。曜日と日にちが分からない。
2、自宅エレベーターのボタンが押せない。
  (乗り込む時の上か下かどちらを押すのか、また行きたい階数のボタンを押せない)
3、私が名前を聞くと必ず旧姓で答える。暫く考えるときちんと答えられる。
4、何度も同じ動作を繰り返す。
  (テレビのスイッチを入れたりきったり、からのお茶碗に何度も箸を入れたり)
5、自分からトイレに行けない。
6、活字、テレビを見ない。
7、とにかく24時間眠そうな状態でいること。
などがあげられます。
特に顕著な症状は7番目ですね。
食事の途中でもいつの間にか首をたれていることがあります。

先日驚いたことがありました。
いつになく饒舌で、
「俺もこれじゃダメだな、ご飯は自分で支度するから大丈夫だぞ。、もっと食べて太らなくちゃな」
とそれはそれははっきりと言うのです。
寝る前にするオムツも自分で取って、
「こんなのはいてらんねぇや、一人で出来るから心配すんな」
と久々のべらんめえも飛び出しました。
ビックリして弟に薬でも変わったのか聞いたところ、その日から5mgに増えた(それまでは3mg)とのことでした。
しかもその時は自分がアルツの郷へ行っていたことは全く覚えていないので、変なことを言おうものなら、そんなことあるわけないだろうの一点張り。
寝る前にオムツをと言っても一切聞き入れてくれません。
で、翌日は悲惨なことになっていました。
布団は・・・あらら~
すっかり元に戻ってしまいました。
こういう波があることも症状の一つとして捉えなくてはならないのです。
by noro2happy | 2007-02-20 23:10 | 介護

「ドリームガールズ」に触発されたか、自分の記憶にある60年代の音楽について記してみたくなりました。

一番最初に英語(?)で歌えた唄がピーター・ポール&マリー(PPM)の「虹とともに消えた恋」でした。

♪シュー シュー シューアルー 
 シューアー ラクシャク シュラババクー
 フェーナイ ソーマイ サリバリ ビルカム
 ビブリナ ブッシャイ ローンリー♪

英語が分からなかったので、耳から入ってきたのをそのまま唄っていました。
両親の前でも鼻高々で披露したのですが、それは何語なんだろうねぇと聞かれたのをいまだに覚えています。
余談ですがこのポールさん、つい先日、横田めぐみさんにささげる唄を作ったって新聞に報道されていましたね。
まだ立派にやってらっしゃったんですね。

テレビの音楽番組と言えば、断然フジテレビの「ザ・ヒットパレード」でした。
(去年、この番組制作秘話のようなものをドラマ化し、放送していましたが、私は見ませんでした)
これまた怪しい英語で、
♪ひっぱれーひっぱれーみんなでひっぱれー♪
と一緒になって唄ったものです。
初代司会者はミッキー・カーチスだったらしいのですが、これは覚えていません。
二代目司会者は長沢純。
うっすらと記憶にあるような気もするのですが、一番鮮明に残っているのは尾藤イサオと木の実ナナの司会のとき。
それと、踊りながら指揮をするスマイリー小原が印象的でしたね。
アメリカンポップスを日本語でカバーしたものをスリーファンキーズやザ・ピーナッツが唄っていたのですが、耳慣れた歌謡曲とは違い、ものすごく新鮮さを感じました。
ただこちらも日本語の歌詞に英語が入るので、その部分だけ実にいい加減に覚えていましした。
恋の片道切符はチュー チュー チューと語呂合わせに タコかいなぁとか
♪マイルイジアナママ ロニオリー(from New Orlines)♪
ってなんじゃあそりゃ。
プチリト(pretty little)ベイビー 可愛いベイビー♪とか
♪ブイエイシーエーティヤヨエー(vacation)楽しいな♪
ホント楽しいなぁ、いくらでも出てくる。
なんともはや、めちゃくちゃな歌詞でした。

でも、やはり私を洋楽に目覚めさせてくれたのはビートルズです。
日本テレビで放映された東京武道館コンサートをいとこがテープに録音しておいてくれて、
何度も何度も聞きました。
中でももっとも気に入ったのが「yesterday」。
自分のお小遣いではじめて買ったレコードでした。
やがて、日本人のカバーでは飽き足らなくなり、洋楽のベスト10がそのまま聞ける「ビートポップス」(1967年から始まったようですが)へと移行していくのでがこちらについてはまた後日書こうと思います。
by noro2happy | 2007-02-19 23:00 | 音楽

またしても映画のお話です。
久々にハリウッド映画を堪能しました。
「ドリーム・ガールズ」です。

舞台は62年のデトロイト。
新人オーディションに参加した女性3人グループは、観客の大喝采を浴びるのですが、ある男のたくらみで別の歌手が優勝を果たします。
その男とはジェイミー・フォックス演じるカーティス
自分がこのトリオと独占契約するために、オーディションの裏方に賄賂を使ったのです。
カーティスはまず、3人を専属男性歌手ジミー(エディ・マーフィー)のバック・コーラスとしてつけるのですが、目論見どおりエフィー(ジェニファー・ハドソン)の歌唱力とディーナ(ビヨンセ)のルックスで人気を博し、やがて「ドリームガールズ」としてスター街道をまい進していきます。

サクセス・ストーリーと、その裏で繰り広げられるレコード会社の手段を選ばぬ悪辣な手口や熾烈な争いと、まあよくあるお話ではあるのですが、私たちの年代には懐かしい、モータウン・レコードや、ダイアナ・ロスとシュープリームスの逸話が下敷きになっていると聞けば、俄然リアリティを感じてしまいます。
とにかく音楽がすばらしい。
菊池凛子とアカデミー賞助援女優賞を争っているジェニファー・ハドソンの歌唱力はぞくぞくするくらいすごいです。
自分ひとりだけグループから去って実家に戻り、ひそかにカーティスの子供を生み育てていくエフィーですが、その後見事立ち直って「ワンナイトラブ」を歌うシーンでは切なくて、ウルッときてしまいました。
この唄本当にいいです。
数々のソウルフルなナンバーが全編散りばめられていますが、私はこの「ワンナイトラブ」が一番好き。
今も頭の中でぐるぐる回っています。
初めてシュープリームスの「ラブ・チャイルド」を聞いたときの感動がよみがえりました。

さて、歌唱力の方ではジェニファーに圧倒されましたが、もちろんビヨンセの唄だって。
ディスティニーズ・チャイルド好きだったし、リードで歌唱力あると思っていましたしね。
それがさらに、ビックリするほどきれいになって(10キロ減量したせい?)、声より顔にいってしまうのですよね。
さらに驚くことに、ジェイミー・フォックスもエディー・マーフィーも吹き替えなしで唄っていることです。
何であんなにうまいのかしら。
やっぱり黒人のノリ?歌唱力はちょっと違いますね。
見終わった後はコンサートに行ったときのような爽快感で心が満たされました。
これはやはり、家のテレビでは味わえないですね。
ぜひスクリーンで見ることをお勧めします。
絶対サントラ盤買おうっと。
by noro2happy | 2007-02-18 21:57 | 映画

脳内ナビって知ってた?

息子が持ち帰ったR25をペラペラ読んでいたら、興味深い記事が載ってました。
「泥酔して昨夜の記憶はないのに家に帰れている」の謎というものです。
さすがに中年になってからはなくなりましたが、20代の頃は多々経験したことです。
どうやって帰ったのか全く記憶がないのに、ちゃーんと我が家の布団の中で目を覚ます。
パジャマに着替えているし、しかもしっかり化粧まで落としている。

この記事によると、そんな時には"脳内ナビ”が働いているんだって。
正式には「ナビゲーションニューロン」なるもので、仕組みは車のナビと同じように、通いなれた道の風景に対応して、ここを右にとか、頭の中で指示を出す神経細胞があるのだそうです。
泥酔時には新しい記憶を作ることが出来ないので、翌日は覚えていないらしいのですが、眠らずに動ければナビ・ニューロンが働いて無事帰宅できるわけなんだとか。
家に帰ってからの一連の動作もそのナビのお陰なんですかね。
ハイ、そこで服脱いで、ハイ、次は洗面所に行って、石鹸つけて顔洗って、歯を磨いてとか。
いつもながら感心するけど、人の体のメカニズムは不思議なことがいっぱいだワ。

それにしても「泥酔中は新しい記憶を作ることができない」というのは妙に納得してしまいました。
ある部分だけスポッと記憶が抜けているというのは、それは脳がその部分の記憶を出来なかったってことなんですよね。
まぁ、考えてみれば、家に帰る頃っていうのは、普通一番深く酔っている時であるわけで、脳が記憶できなかったから翌日覚えていない・・・
でも時には、どうやって帰ったかは覚えているけど、途中の記憶がないこともありますよね。
私自身、帰宅して例えば親と話したこととかは覚えているのに、足にでっかいアオタンが付いていたりして、どうしたんだろうと思っていると、一緒に飲んだ友人が「アンタ、あそこの角で思いっきり足ぶつけて痛がってたじゃない」とか言われて。
痛みの記憶すら出来ないなんてね。
その時間が私にとっての泥酔マックス状態だったわけだ。
そんなことを夫と話していたら、それって一回眠ってしまうから覚えていないんじゃないのと言うのです。
ずーっと起きていれば忘れないのではないかなって。
ふーん、それもあり得そうなハナシ。
やっぱりよく分からない。
けど、試してみようなんて気はさすが二人ともおきない。
しこたま飲んで、朝目が覚めて「バッグは、財布は」と青ざめ、ホッとするなんていう経験はもう中高年には身体に悪い。
百薬の長となることを考えねばね。
by noro2happy | 2007-02-17 11:48 | 日々のこと

もうすぐ春ですねぇ

c0096685_1854448.jpg
昨日は春一番が吹きましたね。
関東では昨年より20日早く、東京都心で初雪観測前に吹いたのは観測史上初めてのことらしいです。

本当に暖かいですよね。
いつものこの時季だと朝晩は、自転車に乗っていると耳が痛くなるのですが、今年はそこまで寒い日があったかしら。
このまま春を迎えてしまうのでしょうか。
東京は4月にドカ雪が降ったりすることが結構あるので、まだ油断は出来ませんね。

地球規模で考えれば困ったことなのですが、普通に生活する分にはまぁ、なんだかんだ言っても寒いよりはほどほどの方が・・・。
36kgしかない父は、それでも「寒い寒い」を連発しています。

通勤路にある桜の中でも毎年真っ先に花をつける樹が、今朝気が付けば3分咲きくらいになっていました。
ソメイヨシノよりもっと薄紅色で儚げです。
寒桜の一種だと思うのですが、やはり今年は早いような気がします。
by noro2happy | 2007-02-15 19:51 | 日々のこと

善き人のためのソナタ

シネマライズ渋谷で上映中の「善き人のためのソナタ」を見てきました。
東西冷戦下の東ベルリン、壁の向こうで何が起こっていたのか?
ようやく明かされた監視国家の真実ーー。
というリードなのですが・・・

物語はベルリンの壁崩壊の年より遡ること5年の1984年。
シュタージの局員ヴィースラーは、劇作家のドライマンと舞台女優である恋人のクリスタが反体制的であるという証拠をつかむように命じられます。
成功すれば出世が待っていました。
早速二人が住む部屋にいくつもの盗聴器を仕掛け、24時間体制で盗聴をはじめます。
ところが、ヘッドフォンから聞こえてくるのは、二人の自由の語らい、美しいソナタの調べ。
彼らの世界を知るほどに、自らもこれまで知ることのなかった新しい世界に目覚めていくのですが・・・
その後、ベルリンの壁が崩壊し、難を逃れた劇作家ドライマンは、なぜ自分だけが捕らわれることがなかったのか不思議に思います。
情報開示で自らのファイルを閲覧したドライマンは、監視していた男に実は守られていたことを知るのです。
人間性を取り戻したヴィースラーはどのようにして?
その後二人はどうなるのか。
エンディングが素晴らしい。
うー、書きたい。
でもやめます。
ありふれていない粋なジ・エンドでちょっと涙が出ました。

全編を通して、ヴィースラーには喜怒哀楽の表情がほとんどありません。
ヘッドフォンからソナタを聞いて涙を流す時こそ。
でも、だからこそ目の演技が生きてきます。
目をじっと見ていると彼が何を考えているのかがよくわかります。
無味乾燥としたヴィーズラーの自宅と恋人達の生活感あふれる部屋を対比させヴィースラーのストイックなまでの孤独感も伝わります。

東ドイツの国家保安省「シュタージ」は、国内の危険分子を監視・逮捕する機関で、ナチス時代のゲシュタポより恐れられたといいます。
徹底的な密告制度をしき、友人知人はもちろん、親戚家族さえも信じられない恐ろしい体制でした。
先日読んだ「プラハの春」でも主人公の恋人カテリーナをプラハまで追い、執拗に監視するのが「シュタージ」で、二人を悲劇の結末へと導くのでした。
この映画の主役であるヴィースラーを演じるウルリッヒ・ミューエも、実生活では当時シュタージに監視される側だったといいます。
情報開示で初めて奥さんに密告され続けていたことを知ったそうです。
怖い。絶対にあってはならないことです。

確かに重いテーマではありますが、思ったことを話せ、書け、なんでも自由に表現できる素晴らしさを再認識しました。
by noro2happy | 2007-02-14 19:02 | 映画