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「八日目の蝉」を読んで

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深く余韻の残る作品でした。

朝5時。
スカーッと目覚めてしまい、例によってもう眠りが訪れそうもありません。
雨の音を聞きながら、あと100ページ弱残っていた「八日目の蝉」(角田光代・著)を読み終えました。

二部構成になっていて、前半は、不倫相手の家に忍び込み、生後半年の赤ん坊を連れだしてしまう、野々宮希和子の目線で書かれています。
ただ、見るだけだ。
あの人の赤ん坊を見るだけだったのに・・・

連れ出した赤ん坊に薫と名前をつけ、偽りの母子は友人宅や立ち退き地区に居残る老女の家、怪しげな団体の「エンジェルホーム」を経て小豆島へと移り住みます。
周囲の助けもあり、指名手配となってもなんとかこの島でささやかに暮らしていきますが、やがてここにも捜査の手が伸びてきます。

後半はそれから20年後。
実母のもとに返された薫こと恵理菜の目線で描かれます。
幼いときの体験から、家族にも友人にも心を開くことができなくなっていた恵理菜の前に、かつてエンジェルホームで一緒に生活していた千草が現れます。
千草と再会することにより、恵理菜は封印していた自分の過去と向き合うようになります。

この本には
なぜ私なの?
なぜあなたなの?
なぜうちなの?
という問いかけがよく出てきます。
登場人物の誰もが、こんなはずじゃなかったという思いを抱いて生きているのが痛いほどリアルです。
かつてはママと呼んだあの女を、また、その存在を家族の中に引っ張り込んだ実の両親を憎むことで希和子は救われたと思っていたのですが、本当は誰をも憎みたくなかったんだってことに気がつきます。

地上に出てきた蝉はわずか七日間しか生きられません。
七日で死ぬよりも、八日目に生き残った蝉のほうが悲しいと恵理菜は思います。
それに対して千草は、八日目の蝉はほかの蝉が見ることのできなかったものを見ることができると言います。
見たくないものかもしれないけど、それほどひどいものばかりではないはずだと。
ありのままの自分を受け入れようとする恵理菜はやがて、希和子も今という時を八日目の蝉のように生きているかもしれないと思うのです。
何かの拍子に八日目の人生を生きることになったら、それでも懸命に暮らすしかないというメッセージがタイトルに込められているんですね。

ラストの希和子と恵理菜がすれ違うシーンは映像のようにくっきり浮かび上がりました。

 
by noro2happy | 2008-06-12 20:42 | book