どら焼きと父の思い出

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前から気になってた、会社の近くのどら焼き専門店。
どら焼きですよ。
珍しいですよね。

「嘉祥庵」といいます。
ホントに小さな小さな店舗で
うっかりすると見逃しちゃう。

毎日決まった数しか焼かないので
売り切れればその時点で店じまい。
仕事が終わった帰り道に、なんていってるとクローズ。

とにかくあんこが好きだから
いよいよ抗えなくなりまして・・・
昨日のランチのついでに買いました。

限定ものに弱いので
抹茶クリームとあんこのどら焼き。
それに焼大福なるものがあったのでそれも。

したらばなんと、アタシはついてる。
昨日は年に一度(?)の嘉祥の日とやらで
もう一つおまけをいただきました。

チーズとあんこのどら焼き。
抹茶クリームの前の限定どら焼きで
次は発売するかどうかわかりません、
て、おねーさんが。

チーズとあんこってワタシの大大大好きなコラボでね。
ラッキー、ガッキー、タッキー&つばさ。


こちらではどら焼きの皮のみも売ってました。
思うに、ここのどら焼きの売りは皮ではないかと。
ちょっとパンケーキ風でもあり
ふわっとしておいしゅうございました。

次はシンプルなどら焼きを買おうと思いました。


***

さて、ここからはワタシの思い出話。
のりまきがご幼少のころ
我が家は和菓子屋を営んどりました。
代々続いてる和菓子屋でして
父は末っ子でしたが兄二人が若くして亡くなったため
跡を継ぐことになったわけです。
尋常小学校を卒業すると
すぐに知り合いの和菓子屋へ修業に出され
あんこ作りから覚えたんですね。

小さい頃はいつも小豆を煮る匂いが家じゅうにあふれ
それが鼻について
かなり大きくなるまであんこが好きではありませんでした。
和菓子そのものが嫌いだったのね。
時代遅れで、当時は高価だった洋菓子こそ時代の先端だ
なんて思ってました。

風潮的には外れていたわけではなく、
ちょうどそのころになると和菓子そのものの需要も減り
どんどん衰退していって、誰もが洋菓子に走る時代。
我が家も和菓子屋をたたみ、新しい商売を始めました。
以後は父の作る和菓子を口にすることはなくなりました。

それがいつのころからかディスカバージャパン。
ヘルシー志向と相まって
和菓子の良さが改めて見直されました。
ワタシもしばらく口にしてなかったせいか、和菓子が苦手でなくなり
特にあんこものが大好きに。
以後は大福やらどら焼き、栗鹿の子、薄皮饅頭いろいろ食べました。

でもね、今になって思うのは
父のこしらえた和菓子が一番おいしかったなって。
もちろん、はっきり味を覚えているわけじゃないから
郷愁、そんな気がするだけなんだけど・・・

どら焼き食べながら思いました。
今、この年になって食べたいよ。
爺さんの作った饅頭。


ちょっと遅くなったけど
天国の爺さんに送る父の日の言葉でした。

因みに私の小学校の時のあだ名
「まんじゅう」
ちょっとー、ひどくない?
饅頭屋の娘と顔が真ん丸だったから。









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Commented by daniel mama at 2014-06-18 06:47 x
お父様との思い出、「銀二貫」を思い出していました。
毎日大福やお団子が食べられて羨ましいと思いましたが、
毎日あんこのにおいを嗅いでたら嫌いになるかも。
お父様ももう少し続けていれば、のりまきさんも大店の嬢さんだったのにね・・・。

私もあんことチーズのコラボ大好きです。トーストにしたりしてますよ~。
Commented by noro2happy at 2014-06-18 22:16
>daniel mama さん*
父は貸家の息子にしては甘いモノが大好きで
20代にしてすでに総入れ歯だったそうです。
甘いモノが関係してるかどうかはわからないけど、職業病だと信じてたみたい。

今は和菓子大好き。
ガーナではなかなかどら焼きってわけにも行きませんねぇ(T_T)
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by noro2happy | 2014-06-17 21:59 | 日々のこと | Comments(2)